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名古屋高等裁判所 昭和50年(行コ)10号 判決

控訴人 三重県

右代表者知事 田川亮三

右訴訟代理人弁護士 本庄修

右指定代理人 奥田清治

同 前田克彦

被控訴人 青木謙三

右訴訟代理人弁護士 酒井圭次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

控訴代理人は「原判決を取消す。本件訴を却下する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、右理由がないときは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

第二、主張、証拠

当事者双方の事実上及び法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は左に付加するほか原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

(本案前の主張)

一、本件は三重県収用委員会が土地収用法に基づき昭和四四年一〇月八日なした権利取得裁決のうち損失の補償に関し同法一三三条に依りなされた不服の訴であるが、これは行政訴訟である。しかるに被控訴人は最初昭和四四年一二月津地方裁判所上野支部にこれを通常民事訴訟として提起した。そこで控訴代理人から民事訴訟として審理されるべきではない旨抗弁した結果津地方裁判所本庁に事件が回付され、同庁において昭和四八年(行ウ)第六号として審理する旨決定されたのは昭和四八年一〇月八日である。すなわち最初津地方裁判所上野支部に通常民事訴訟として訴が提起されたとき既に不適法として却下されるべきであったし行政訴訟として取扱われたときには土地収用法一三三条所定の出訴期限を徒過していたのであるから不適法として却下されるべきであった。右は職権調査事項であるのに原判決はこれを看過したものであるから改めて本件訴を却下するとの判決を求める。

二、右理由がないとしても、本訴は行政訴訟のうち抗告訴訟に属するが、抗告訴訟においては行政処分(本件裁決)の無効確認か取消を求めることができるのみで給付判決を求めることはできない。そこで本訴は不適法として却下されるべきである。

(本案について)

或る土地の或る時期における価格は科学的、計数的な正確さをもって一箇の答えがでてくるものではない。本件収用土地の価格決定標準時である昭和四三年一〇月一五日現在における右土地価格についても三箇の鑑定結果は互に大きく開差を生じている。鑑定の基礎とされる取引事例の選定方法やその修正などの諸事項に鑑定人の主観が入ることが避けられないからである。しかし右価格時点に近接する近傍類地の取引事例が重視されるべきは当然であり、この点から控訴人が調査したところによると本件収用土地の近傍三重県上野市四十九町字矢倉谷地内で比較的右価格時点に近いものとして次の四事例を発見した。

凡例a地番、b本件収用土地からの距離(メートル)、c取引時期、d取引価格(一平方メートル当り)

第一事例。a一、一六七番の三及び一、一八五番の五、b北方約二〇〇メートル、c昭和四二年六月、d一、二一〇円

第二事例。a一、二二三番、b西北方約三〇メートル、c昭和四二年正月、d一、一五四円

第三事例。a一、二一三番、一、二三二番、一、二三七番、b西方約三〇メートル、c昭和四三年八月、d一、五一五円

第四事例。a一、二四二番二、b北方約三六メートル、c昭和四二年八月頃、d三、〇〇〇円(但し三・三平方メートル)

原判決は辻田鑑定(甲第四号証)を全面的に採用し、右の昭和四三年一〇月一五日の価格時点における本件収用土地の価格は一平方メートル当り二、七〇〇円をもって相当と認定し、他方で控訴人や本件収用裁決が採用した鈴木鑑定(乙第二号証)の右時点一平方メートル当り一、三六一円の価格を排斥しているが、前記各事例をもってしても鈴木鑑定の正当性が裏付けられるといわなければならない。右鈴木鑑定は前記価格時点に最も近い時期に評価されていること、控訴人が伊賀上野橋四十九線街路事業施行のため用地買収を進めたなかで他の地主はすべて控訴人の申出価格を正当として承諾し売渡に応じたのに被控訴人一人が異を称えたため本件収用に至ったものであることなども考え合せるとなおさらである。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人が昭和四四年一二月津地方裁判所上野支部に本訴を提起し、同庁昭和四五年(ワ)第一号として受理された事件は土地収用法一三三条に規定する収用委員会の裁決のうち損失の補償に関するものでありその内容は、津地方裁判所本庁に事件が回付され昭和四八年(行ウ)第六号として審理されることになる以前から原審判決に至るまで全然変更されていない。事件記録符号は事件特定の手段にすぎず、その内容まで規制するものではなく、また右回付は裁判所内部の事務分掌の問題にすぎず回付の時点で新訴が提起されたわけではないから控訴人の本案前の主張一、は理由がない。

二、被控訴人の本訴請求は要するに正当な損失補償を求める点にある。ところがこの訴の性質が抗告訴訟か当事者訴訟か争いがあるため、万全を期し両説に対応して主位的に差額金の給付を、予備的に裁決の損失補償部分の取消変更と右給付とを求めていたのが例であった。しかし近時右訴は形式的当事者訴訟と考えるのが一般であり、また裁決の取消をまたず直接に差額金の給付を求めることも認められている。従っていずれにしても控訴人の本案前の主張二、は理由がない。

三、控訴人の本案に関する主張はすべて争う。鈴木鑑定(乙第二号証)は、数値の出てくる根拠について何一つとして説明がなく、粗雑の一言につき、その鑑定価格は要するに同人の独断に過ぎないといわれてもやむをえないものである。同人のなした別の鑑定(乙第四号証)もこれと大同小異であって、いずれも採るに足りない。これに反し原判決も正当に採用した辻田鑑定(甲第四号証)はその内容において、価格形成の要因を詳細に分析検討し、採用した資料も豊富かつ具体的で価格の認定は妥当なものと首肯できるものである。同鑑定人も証人として尋問をうけ、その成立及び正確性を裏づけている。また被控訴人が一人控訴人の申出価格に異を称えたというが、むしろ控訴人に対する不満から本訴に激励を受けているくらいである。近傍地取引事例についてはすでに辻田鑑定が鑑定の基礎に用いているものであるし、これと異なる取引価格があったとしても直ちに右鑑定価格が不当ということにはならない。

(証拠)《省略》

理由

一、控訴人の本案前の主張一、二について

被控訴人の本訴請求が訴提起の当初より、三重県収用委員会のなした権利取得裁決のうち損失補償に関する部分を争い、その増額変更を前提として起業者たる控訴人に対し差額の給付を求めるものであったことは本件訴状の記載に照らして明らかであるから本件訴訟の実質が当初から行政訴訟であったことは疑いがなく、受訴裁判所がこれに通常事件の記録符号を付したことによって通常民事訴訟となったり、その後行政事件訴訟の記録符号が付されるに至ったとき初めて行政事件となる筋合ではない。従って訴提起当時土地収用法一三三条の出訴期間内にあった本訴が、その後昭和四八年一〇月に至って行政事件訴訟としての記録符号が付された時にはすでに右出訴期間を経過していたことを理由として本訴が不適法であるという控訴人の本案前の主張一、は失当である。次に右行政訴訟(形式的当事者訴訟と解される)においては収用委員会の裁決の取消変更を求めることなく直接起業者に対し差額の給付を求めることができるものと解するのが相当であるから控訴人の本案前の主張二、も失当として採用できない。

二、そこで本件裁決の補償金額の当否について考えるに、当裁判所もこの点に関する事実の認定ならびに法律判断は左に補足するほか原判決の説示するとおりであると考えるので原判決の理由一、二及び三の一一行目までの記載をここに引用する。当審における新たな証拠調べの結果を加えてもなお右認定、判断を左右するに足るものとは認めがたい。すなわち

(一)  辻田鑑定は原判決によって綿密な検討を加えられた結果これに耐えて充分合理性を担保されたものである。また原審及び当審において右鑑定人辻田武和は証人として尋問をうけたが右鑑定の過程、結果について説明するところや根拠となる事項について格別不審をさしはさむべき点も見当らない。そして右辻田鑑定も依拠する窮極のところは同鑑定評価書に挙示された近傍類地の五箇の取引事例である。

(二)  一方控訴人が当審において挙示する四事例は《証拠省略》によって、いずれも控訴人の主張する時期にその主張のような価格をもって売買ないしその予約がなされたことが窺われるし(但し控訴人主張第二事例の取引時期は昭和四二年一二月末と認められる)、またその事例地が本件収用土地の近傍であることも明らかであるけれども、本件収用土地との比較において具体的取引価格に影響を及ぼすべき他の要素については何ら解明されていない。たとえば第一事例地は控訴人主張時期には売買予約による所有権移転仮登記がなされているにすぎず、売買並びにその登記は内一筆につき昭和四六年四月、他の一筆につき昭和四七年八月に至って経由されていること(第三事例地も正確には控訴人主張時期には売買予約があるにとどまる)、各事例地について抵当権、代物弁済予約などの負担があったかどうかが不明であること、価格自体も単に売買当事者と思われる者或いは情を知った第三者から前記証人において路傍等で聞き込んだ程度のものであるにすぎずその正確性にはなお疑問の余地もあること、また第一事例地を除く各事例地の地目は農地であり、現況において本件収用土地との差異も充分明らかでないことなどがそれである。

(三)  かようにして不明確な要素のある取引事例での価格が、そのまま本件収用土地に妥当するとも思われない。《証拠省略》によると他方では昭和四三年一〇月頃の本件収用土地近傍類地の取引価格が控訴人主張のように低額ではありえず坪当り一万円は下らずそのような取引事例があったことも窺われる。以上要するに本件に現われた鑑定外の取引事例はいずれもこれに全面的に依存することはできずこれらの取引事例があるからといって前記辻田鑑定による価格認定の妥当性に消長を及ぼすものということはできない。そうすると原判決が辻田鑑定によって損失補償額を算定したのは正当である。

三、従って被控訴人の請求はそのうち本件収用土地の右によって算定した正当な損失補償金四三六万〇、六八九円から控訴人が供託した裁決にかかる補償金二一九万七、三〇〇円を控除した残額金二一六万三、三八九円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一月一八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求ある限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 林倫正 上本公康)

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